高知学206 室戸への道を歩く6 唐浜から奈半利へ 森林鉄道跡と海沿いの町

2022.3.8

 安田川を渡り田野町に入ります.上流の馬路から森林鉄道が通っていたところで、山際に線路跡が残っています.森林鉄道は海岸にある貯木場から材木を海に投げ入れ、船に載せていました.その後魚梁瀬から奈半利川に沿う新線ができ、運材はそちらが中心になったので田野貯木場は無くなっています.

田野貯木場跡
森林鉄道の線路跡

 左の続いている道が森林鉄道の線路跡です.馬路から来て高知市方面に向かう人はこの辺りでバスに乗り換えました.旅館もありました.

元製材所

 線路跡に沿って製材所が並んでいますが、ほとんどが廃業されています. 

田野の町並

 町内は昔からの道に沿って家並が連なります.どこでも海岸の町を歩いて思うのですが、緩慢に老化が進んでいます.店は閉ざされ、空き家が増え、残る家々も手入れがされていません.南海トラフ地震の津波浸水地域だからであり、高知県のハザードマップによれば地震後40-60分で2-3mの津波が来襲します.地震は2038年の可能性が高いとの説があり、そうすると余命16年なのです.

避難タワー

 県内での津波避難タワー建設や避難路整備はほぼ一段落したと聞きますが、震災後の住家や生活維持策はこれからでしょう.

保育園

 タワーの傍に保育園がありますが、被害のないことを・・・

奈半利駅

 続く奈半利町はごめん・なはり線の終点で、ホームは3階にあります.ポイントはなく一本の線路が立ち切れています.

ホーム階の食堂

 ホームの傍にイタリアン食堂があります.カクテルも飲めます.ホームからすぐ行けるのは外国めいていますが、列車が窓の横に並んで見えればもっといいのですが.

(つづく)

高知学205 室戸への道を歩く5 伊尾木から唐浜 堤防の道を大山岬から松林の浜へ

2022.3.5

 安芸川、伊尾木川を渡ると国道55号線の脇に旧道が伸びています.道路改良に伴ってところどころにこのような残された道があり、歩くには好適です.角に「ほまれ羊羹」の店があり、がりがりの糖質が好きだったのですが、廃業されています.

旧道とほまれ羊羹

旧道沿いに伊尾木洞があります.

伊尾木洞

 伊尾木洞は海食洞、つまり波によって段丘の崖が侵食されてできた、長さが40mある洞窟です.元は波打際だったのですが、隆起によって現在の位置になっています.次第に崖が崩れて家並や道ができる平地ができています.

 旧道が尽きるところで今度は海岸の堤防を歩きます.遍路道でもあり、托鉢姿の男性とすれ違いました.脇目もふらず一心に進んでいます.遠くに出てきた安芸市の街が見えます.

堤防のお遍路さん

 岩礁の大山岬に近づくと、釣人が竿を振り出していました.

大山岬から

ごめんなはり線の橋梁

 ごめん・なはり線が斜めに国道を越えています.この辺り室戸を通り徳島に繋ぐ阿佐線として国鉄時代から工事が行われ、橋部分だけが完成して長く放置されていました.国道の両側に橋脚をつくり、それをつなぐ梁の上に線路の橋を乗せる古い構造です.今ならロングスパンの橋で越えるでしょうが.

唐浜

この先は唐浜の松林ですが、林の中はすっかり藪で、横切って浜に出るのは大変でした.

黄砂の海岸

 日が傾き西風が強くなり、遠くは黄砂で霞むようになってきました.

羽根岬

 浜の先にこれから歩く羽根岬が見えています.

 27番の神峯寺は山に500m近く上りますが、その麓にある唐浜駅から列車で戻ります.ハウスの上の雲も黄色くなってきたようです. 

唐浜駅

(つづく)

高知学204 室戸への道を歩く4 安芸から伊尾木 安芸市の意外、カープタウン?

2022.2.25

 国道なら15kmですが、自宅から歩くこと4日で安芸市に着きました.

 砂浜に面して県立安芸中高校があります.2030年代と予想されている南海トラフ地震に備え、屋上は津波避難所になっています.

安芸中高校

 学校のすぐ前の海で漁船がドロメを取っています.ドロメは生のまま.シラスは茹でたものですが、茹で上がりと短時間干したものの2種類があります.私は後者が適宜な舌触りがあって好きです.完全に干してカチカチになったものもあります.

ドロメを採る

 現在の国道は市街をバイパスしていますが、旧道には菊水の酒蔵や鮮魚店があります.

菊水の酒造場
鮮魚店

 安芸にはごめん・なはり線の車両基地があります.海側オープンデッキの車両もあり、風に吹かれての眺めが楽しいのですが、トンネルに入ると、とたんに強風が吹きつけ悲鳴を上げます.

左は海側オープンデッキの車両
市内の川

 町中の橋の下を見て驚きました.コイの群れです.それもあちこちにです.勢い余って跳ね上がるのもいます.近くに居た人に訊くと、残り飯をやったり、子どもがパンを投げている内にどんどんと太って増えたのだそうです.

雑居ビル

 この辺りは安芸川の河口で、昔は港があったため「港町」という地名です.そのためか寿司屋や居酒屋が多いのですが、横丁はバー、スナックの「歓楽街」です.RUMI、ようちゃん、Malisa、ミニ―….コロナのまんぼう期限の3月6日まで休業の貼紙がありますが、どんなママやホステスがいるのかな? 

 安芸はタイガースのキャンプ地(今は2軍)で立派な球場があり、タイガータウンを名乗っていますが、カープタウンではないのかな?

安芸川河口

 町外れの安芸川河口までやってきました.

 安芸には時々来ているので、特別に考えることなく自宅から散歩の延長を繰り返してここまで来ました.しかし来るとその先はどうかと思ってしまいます.

 橋を渡って伊尾木駅に着きました.この辺りは高架のごめん・なはり線では珍しく地平になっています.列車で戻りながら考えました.また次にきて室戸岬方向に歩こう…

伊尾木の踏切

(つづく)

高知学203 室戸への道を歩く3 穴内から安芸 海を下に見る台地の旧道

2022.2.22

 「散歩」の拡大で、東へ、室戸方向へ歩き出しましたが、どの道を通るかです.ここまでの松林では、ごめん・なはり線以前にあった土佐電鉄の廃線跡の自転車道を歩いてきました.先は国道55号線になりますが、多数の車が行き来する道は散歩には不向きです.しかし新国道建設以前に使われていた旧道があります.ここを歩きます. 

八流(やながれ)の旧道
大山岬、羽根岬が見える

 旧道を歩くとき、まずもっとも古い旧版地図を国土地理院から取り寄せます.この付近は明治40年の測量図ですが、おおむね現在の国道55号線のルートが記載されています.明治20-30年代に工事がなされたとものと考えます.しかしそれまでの車が通らなかった昔の道も推定することはできます.これを基に現在の1:25,000地図にマークして辿ります.

台地の畑

 ただ耕地の区画整理がされたところでは不明なところもあります.

地元の案内板

 地元でつくった案内板は有難いのですが、地元の感覚でつくられているので注意が必要です.たとえばこの指示の「赤野」は随分距離があり、行けないことはないが「国道」がよいのでは.「穴内」はどんどん山奥に入りますが「穴内駅」は逆方向です.

電圧調整器

 参考の一つが地域幹線の電柱です.昔の道に沿ってつくられているのですが、特段に位置を変える必要がないので旧道にあるままです.太い三相の高圧回路が2対並んでいます.長い距離で落ちた電圧を回復する大きな電圧調整器もあります.

 やがて安芸港と市街が下に見えてきました.

安芸市街

 安芸市街の西、曲線になった球場前駅から乗って戻りました.

転換シート

 ごめん・なはり線の車両は背もたれが高いのが特徴です.

(つづく)

高知学202 室戸への道を歩く2 琴が浜から穴内 松林から台地に上がって岬を迂回 

2022.2.16

今度は琴が浜の松林を後にして、八流(やながれ)の断崖の岬を避ける旧道に入り、海を下に見る台地に上がります.

台地から琴が浜

 断崖や波打際は危険ですが、かなりの土木工事を行わなければ道を作れません.そのため岬を迂回するのです. 

竹林の旧道

 落葉が散り敷く竹藪の道を通ります.

台地の溜池

 溜池の横を通ります.今は廃道に近いのですが、参勤交代も通ったのであり、ただの野良道ではありません.

台地の道

 やがて青い空に向かって道が伸びます.台地の上は野菜のハウスですが、耕地整理がされて昔の道ははっきりしません. 道は下りになって、ごめん・なはり線、穴内駅に出てきます.

穴内駅

 自宅方向の赤野駅に車を止めてきたので、この列車で戻りました.

(つづく)

高知学201 室戸への道を歩く1 夜須から琴が浜 松林の道で「広域散歩」を始める 

2022.2.112.14

散歩道から室戸近くの羽根岬

 毎日の散歩、家を出て家に帰ります(当たり前だ).海岸もありますが、毎日であるとコースが段々と固定化して、運動ではあるが周囲の風景に新鮮さがなくなります.

 昔、東海道や中山道を徒歩で踏破しました.勤めがあるのでぶっ通しはできません.そこで目的地に達したところで一旦家に帰り、その次はそこまで電車で行って再開する、この継ぎ足し方式で歩きました.

 散歩で継ぎ足しをやればどうか、冬のある日ふと思いついて、住まいのある夜須町から西に琴が浜の松林を歩き、西分からバスで自宅に帰りました.三日後に車で行き、さらにその先を歩きました.浜の尽きるところまで2日間、8km余りの行程でした.「広域散歩」です. 

琴が浜

 連休なので浜で寝そべる人もいました.松林の中に古い和船が放置されていますが、昔は港が無く浜に船を引き上げていたのです. 

松林の中

 響灘の酒蔵が見えます.今は酒造りは止めて国道沿いで酒屋をやっています.昔は集落ごとと言っていいくらい、各地に造り酒屋があったのです.

響灘の酒蔵

 夕暮れ時、出てきた方角が見渡せます.

琴が浜の東から自宅方向
西分駅

 松林の中にごめん・なはり線の西分駅があります.今回はバスで帰りました.新鮮な散歩で満足しました.

(つづく)