高知学110 宿毛から柏島・海の道-前編 龍ケ迫へ

1.高知の東西

(土佐湾)

 四国の太平洋側は、端から端まで高知県です.瀬戸内海側は愛媛県で、その東を香川県、徳島県が二分しています.高知は東西に長く、端から端まで直線距離で200kmあり、関東なら犬吠埼から富士山までの距離になるのです.

 これだけ長く、しかも南海トラフという活発な地球活動が近いので地形は複雑です.東の室戸岬方面は100年に一度の地震で隆起して盛り上がった台地と断崖の海が続きます.一方、西のエリアは沈降して侵食を受けたリアス式海岸になっています.

2.宿毛から柏島

 高知の西端の町宿毛(すくも)から、珊瑚の海のダイビングで知られた柏島まで、崖の上を狭い道が続いています.国道は山の中を通りますが、この道が入江にある漁村を結んでいます.しかし魚の運搬などは国道に出る道が別にあるので、海岸の村同士を行き来する通行は少ないのです.昔はどの道路も無かったので巡航船が使われていました.

(左から沖ノ島、姫島、鵜来島)

 宿毛の外れ、島の上にあるホテルから南を見ると離島が並んでいます.この近く迄行きます.一帯の海は鯛などの養殖の場で、筏が並んでいます.国道から分かれて青い海を見下ろす道に入ります.

画像に alt 属性が指定されていません。ファイル名: 8101e91687355c2f1dc228da7010a951-1024x683.jpg
(岬と入江)

 一部で拡幅工事が行われていますが、狭い道です.

(森の道)

3.白浜とタッチ

 海の傍にある集落には分岐して下ります.

(白浜)

 白浜はその名の通り白砂の浜です.このお宅のプライベートビーチと言ってよいでしょう.

(白浜のビーチ)

 さらに先に進むとタッチです.タッチとは変な名ですが由来はわかりません.立派な岸壁や防波堤がありますが、いま傍に人も家も見当たりません.宿毛に近いから、あえてここを養殖の基地や荷揚場にすることはないでしょう.ただ小舟が2艘繋いであるので、周辺に二人は居ると思われます.

 高知のあちこちに、つくったもののあまり使われていない漁港を見ます.

(タッチ)

4.龍ケ迫

(海を見下ろす)

 戻って元の道を進みます.ところどころに一軒家があります.この辺り水は乏しいので稲作は難しそうですが、垂直に石垣を積んだ畑があります.営々と長年に渡った労働の結果でしょうが、魚はいくらでも獲れるからかなりの自給自足です.

(棚の畑)
(龍ケ迫)

 龍ケ迫(たつがさこ)に入ります.小さな漁港ですが、傾斜が緩い土地に密集せず家々が広がっていて、のどかです.

(龍ケ迫の家々)

5.休憩所

(集落の道)

 景色の良いところに休憩所がつくられています.

 中に寝そべる布団や動くのかどうかわからないラップトップが置いてあります.みんな古びていますがホームレスの住家ではなさそうです.ごみもありませんが生活感もありません.テーブルには埃の積もった小皿があります.ただコップ二つだけが磨かれています.

 昔読んだモームの小説を思い出しました.イタリアに旅行に来た英国の銀行員が、青い海と村人の生活に魅せられ、ここに住むことを決意したのです.自分の余命を25年、60歳までと定め、全財産を処分して25年で使い果たすように按分しました.海の美に囲まれ快適で知的な生活を過ごしたのです.やがて25年が経ちました.彼はまだ生きていました… 

(眼下の海)

(つづく)

2021年4月29日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

高知学109 香南市の最奥-後編 舞川へ

5.奈良

峠の家

 奥に入るにつれて無住の家々が増えます.

(住まなくなった家)

 町からは遠いのですが、変わらず住む人もいます.親から引き継いで、次の世代がこの地で農業、林業、建設などの仕事をやるかどうかでこの差が決まるようです.

 小さな記念坂の峠を越えると奈良に出ます.

(奈良の廃校)

 廃校になった小学校が残っています.その上は教員宿舎だったのでしょう.校舎横の運動場は細長いが50m走はできそうです.

6.奈良峠

 さらに奈良峠を越えます.昔は山の上に林業や炭焼きを行う集落が点々とあり、これらを結ぶ山上の道が主要地方道(県道)になっていました.しかしこれらの集落のほとんどは消滅して道は廃道に近く、通行止めになっています.

仲木屋への道

 この道から分かれて仲木屋に向かう道路です.仲木屋は標高600mで、棚田も小学校の分校もありましたが、今は跡形もありません.

7.舞川へ

 今の道は川沿いですが林道で杉林が続きます.枝打ちは綺麗にされていますが、間伐が無かったので細い木々です.

川沿いの道

 最奥の集落、舞川に入ります.

舞川

 市の選挙があるのでポスターのボードがあります.昔若者が住んでいたのか川の上のデッキや白壁に描いた絵が残っていますが人影がありません.

(山の家)

 しかし山奥を楽しむ人たちもいて、新しく掛けた橋や対岸に渡る私設ロープウエィもあります.

(自家ロープウェイ)

 8.香南市の最奥

 やがて最奥です.老婦人が畑をやっていますが、日々はシカ、イノシシとの戦いです.今日も柵の強化のため鉄格子を運んでおられました.

動物との戦い

 この先で香美市になります.香美市は狩猟が可能ですが、香南市は禁止です.香美市で猟師に追われた動物が香南市に逃げ込めば安全が確保されるのです.

 育てられたハナモモを見たかったのですが、つぼみは膨らんでいますが早かったようです.写真は一昨年のものです. 

(4月の舞川)

 (2022年4月4日)

2021年4月4日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

高知学108 香南市の最奥-前編 奈良峠へ

1.香南市

 香南市は高知の東部にあり、町村が合併して今の姿になっています.土佐湾に面した海岸部は幅9kmですが、山の奥行は直線距離で30kmあります.しかし山道の屈曲があるので、車の走行距離は40kmになり、2時間はかかります.

手結港

 住んでいる香南市夜須町には、江戸初期に土佐藩家老、野中兼山が築いた手結堀込港があります.この辺りをスタートにして最奥まで行きます.

春の田んぼ

 のどかな田園で、これからその裾を辿る山々が先に見えます.

2.夜須川

 集落と道は川に沿って山に伸びます.

夜須川の橋

 3.細川

石垣の家

 さらに進むと平地が少なくなり、石垣を城壁のように高く積み、その上に家をつくっています.石垣の上は水が内部に入らないように反り返っています.天保年間につくられたということです.

 この辺りは熟達の石工を輩出した土地であり、手結港の石垣もこの人たちが築いたのでしょう.

 4.香宗川へ

 夜須川の流れは終わりとなり、狭い山道を通って香宗川流域に出ます.

(山越えの道)

 倒れた木が道にかかり、首をすくめて通り過ぎます.

(峠のトンネル)

 峠には小さなトンネルがあります.

(峠の道)

 ヘアピンカーブを繰り返して下り、末清に入ります.

末清の家

 間もなく別役です.香南市のコミュニティバスはここまで週5日、一日2.5往復運行されています.さらにその先奈良峠の麓まで、予約すれば乗れるデマンド運行になっています.

別役

この辺りも家々は石垣の上に建っています.田畑の畔も石垣です.

(つづく)

2021年4月1日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一